ボランティア会場で庭野仁司氏と会った

私が庭野仁司氏に初めてお会いしたのは、あるトライアスロン会場でした。競技者という立場ではなく、ボランティアとしてお会いしました。私は以前からスポーツイベントのボランティアをすることがあり、今回初めてトライアスロンのボランティアに参加しました。勤め先の友人から、なかなかボランティアが集まらないトライアスロンの大会に参加しないか?との話から参加を決意し、大会までに何度かボランティアが集まり打ち合わせなども行われましたが、その場には庭野仁司氏の姿はありませんでした。
しかしそのはずです。その時点では庭野仁司氏は選手としてエントリーしていたのです。大会前にケガをした庭野仁司氏は、大事をとって大会出場を辞退しできることをと、ボランティアとして大会を支えることにしたということでした。

大会当日の朝、準備、最終打ち合わせのために会場に着くと、明らかにアスリートかと思うようなぐらい真っ黒に日焼けし、鍛えた身体、まさかボランティアとは思わなかったその人が庭野仁司氏でした。
偶然にも私と庭野仁司氏は、スイムからバイクに変わる時の選手誘導を担当することになり、担当場所に移動をしました。その時に庭野仁司氏が本来なら選手として参加する予定だったことを知りました。大会前に追い込み過ぎたと照れ笑いする庭野仁司氏を見て私も苦笑いするしかありませんでした。定位置に着くとそこにはたくさんの選手たちのバイクが置いてありスイムからバイクに移る様子などをこと細かく庭野仁司氏は説明してくれました。

昨年は選手として参加して完走を果たした大会、今年はさらに順位を上げようと1年間調整してきたと話してくれました。私が、トライアスロンのような苦しいスポーツをなぜするのか?と聞いたところ、自分の限界が知りたく様々なスポーツをしていたらトライアスロンに行きついたと笑顔で話してくれました。私はさっぱり理解できませんでしたが、一生懸命スポーツに打ち込む姿を見るのは大好きで応援したくなります。やる側と見る側がいて競技として成り立つので、私は見る側だと再確認しました。

大会が始まると、スイムを終えた選手たちが次から次へとやってきます。それをバイクの方へと誘導しあっという間に時間が過ぎて行きました。
大会が終わり後片付けなどをしていると庭野仁司氏が「お疲れ様」と手を差し伸べてきてくれました。私も手を差し出し握手をしてボランティアとしての健闘を称え合いました。
最後に庭野仁司氏が、たくさんの人に支えられて、僕たち選手が安全に競技できることを知る、良いきっかけになったと話していたことがとても印象に残りました。

情報支援ボランティアで庭野仁司さんと会った

私は以前から運動が好きで、スポーツ観戦も好きだったこともあり、今回は国民体育大会の情報支援ボランティアとして初めて活動させていただくことになりました。情報支援ボランティアとして活動するためには、まず研修会に参加しなければいけなかったので、競技会場まで研修に行きました。この研修の会場で出会ったのが庭野仁司さんでした。

研修の合間などを利用して話す機会があったので、いろいろと話をしていたのですが、実は庭野仁司さん自身は、初めから情報支援ボランティアとして参加を決めていたわけではなく、選手として参加を予定していたことを聞かされました。確かに体つきなどを見てみると、しっかりとトレーニングを行い、選手としての貫録や、体が鍛え抜かれていることがはっきりとわかります。

庭野仁司さんもスポーツが好きで、今回参加を予定していたらしいのですが、直前にケガをしてしまい、仕方がなく選手として参加することを辞退したと言います。しかし、何とか国民体育大会に出たいという思いが強く、ボランティアという形で参加したと聞きました。大会では偶然にも担当が同じだったので、全力で選手を支えるように頑張りましたし、大会終了後には再び話す機会があったため、貴重な話をたくさんしました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

最新投稿記事

  1. バイク大国として知られているタイでは、多くのバイクブランドが存在しています。その中の一つである二輪ブ…
  2. 現代の多くの企業では、人員削減とコスト削減が進められ、ITとAIの導入は一般的となっています。企業の…
  3. 平成最後の日、平成最後の夏休み、平成最後の・・・1989年1月8日からスタートした“平成”も来年の4…
ページ上部へ戻る